委員会ブログ

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2021年02月23日

【Focus!!③】如水庵 森 恍次郎 先輩

みなさまこんにちは!JCI FUKUOKA発信委員会の舩越です。

前回に続きまして当委員会では福岡JCの偉大なる先輩たちや福岡にまつわる著名な方々にお話を伺うインタビュー記事【Focus!!】を連載していきます。

今回第3回目にFocus!!するのは株式会社如水庵の代表取締役会長 森恍次郎先輩です!!

如水庵と言えば九州、福岡を代表するお菓子といっても過言ではない!!

そして、如水庵と言えば、、、、そうです!!

筑紫もちです!

筑紫もちといえば、皆さまも小さい頃からおやつにお土産に非常に馴染みのある和菓子ではないでしょうか!

その筑紫もちを創り、ここまで福岡に浸透させたお方です!!


我々、福岡JCの偉大な先輩にあたる森先輩に今回もたくさんの質問をさせて頂きました。

当時の気持ちさながらに私たちのインタビューに真摯に応えて頂きました!

それでは早速ご覧ください!!

Q. 福岡JCとは関係がないかもしれませんが、私が柳川出身ということもあって個人的にお聞きしたいので本業に関してお伺いしたいのですが、御社の商品の筑紫もちのルーツが福岡県柳川にあるとききました。

 そうよ、祖母の家が福岡県柳川市の蒲池というところにあってね、小さい頃は夏休みとか冬休みは柳川で過ごしとったんよ。その柳川でお正月になると毎年ばぁちゃんが、ついた餅を白砂糖ではなく黒砂糖で食べさせてくれたのが美味しくて美味しくてね、すごく記憶に残っとるな。

Q. 幼少期によく食べていたものが現在の筑紫もちに繋がったんですね。具体的にはどういう経緯でそうなったんですか?
 
 私がまだ大学生だった頃に社長だった父が他界してしまったから、大学生であった私が急遽、後継の社長として会社に入った。社長と言っても、社員さんは僕なんかより年上の人達ばかりで、僕が子供の頃からお世話してもらってた人達ばかりだから僕の言うことなんて聞いてくれなくて苦労したとよ笑

もちろん、その頃は筑紫もちは商品として無くて、主力商品だったモナカも思ったように売れず、従業員の賞与を捻出するために、百貨店に出来立てのカステラを販売していた。当時は商品開発というよりも目先の仕事や販売にただがむしゃらに日々時間を費やしとったね。そのころはまだJCにも入っていなかった。

母親も会社に入っていて、すごく私を支えてくれていたのだけど、オイルショックなどで景気も悪く、如水庵としても何か新商品を作らないと!と必死に葛藤していた時期があって、その時に言われた母親の言葉が心に響いた。
“あんた、お菓子を考えてるのに、そんなにしかめた顔して考えてても良い商品が思い浮かぶ訳ないじゃない。自分が今までの人生の中で一番感動したお菓子とか、何か一つぐらいあるんじゃないの⁇” と母親は私に言ってくれた。それで何かこう、ハッとしてね。自分が好きだったものは何だろうって思いだしたんよね。
 

 
Q. それが、筑紫もちだったんですね?

 そう!思えば小さい頃、自分はあのお菓子にいつも感動していた。それをつくればいいんじゃないかと。
きっと喜んでもらえると思った。
そうやって出来たのが筑紫もちだったんだよ。
そのあとはやっぱり会社を大きくしていかなくちゃ!と思って、10年先の売上目標を自分で立ててどんどん仕事していった。

Q. それから、福岡JCに出逢うことになったのはどういう流れだったのですか?

 高校の先輩が福岡JCに入っていて、それで勧められた。友達が出来るから!と。
今でも大変お世話になっている先輩だし、その方が言うのであればと思って福岡JCに入ったよ。
とは言っても、最初は仕事ばかりであまり活動出来てなかったちゃけどね(笑)
 そんな中、福岡JCには派閥とかもあるけど、そんな派閥もわからぬまま理事選挙に出て、委員長になってね…(笑)

Q. 周りが森先輩をほっとかなかったんですね!そんな森先輩のJC活動で覚えていることは何ですか?

 福岡ブロック大会やね!実行委員長を引き受けてくれと、懇願されてさ!
 家の前まで頼みにくるっちゃけん(笑)!
  母親からは仕事のこともあるから。と言われたんやけど、ここまで頼まれたから引き受けさせてほしい!と伝えて了承してもらった。

Q. それで実際にやってみてどうだったんですか?
 
 半年ぐらいはJCで忙しくて正直仕事にならんかったよ(笑)!
  でも、福岡という場所を初めて一心不乱に調べたり、真正面から向き合って考えたりした。
  歴史を調べたりしてさ、毎日毎日深夜まで仲間達と頑張った。懐かしいな(笑)
  それで福岡という場所がいかに人情味があって明るくて魅力的な場所なんだということを再確認できた。これはアジアの拠点になると。

Q. そういう日々がやはり今でも印象に残っているんですね。その中で出会えて良かったという方はいらっしゃいますか?

 はせがわ仏壇の長谷川さんやね!あの方は元気が違うと思った。
  言葉遣いや態度、情熱を目の当たりにしたなぁ。僕の中でJCといえば長谷川さんだな。

Q. そんな魅力的な方なんですね。ぜひ一度お会いさせて頂きたいです。森先輩は仕事がもの凄く大変な時期でもあったと思います。
会社とJCの両立はどうされていらっしゃったんですか?

 私にとっては、母親が良いブレーキ役になってくれた。JCはついついやりすぎちゃうからね(笑)
  母親には仕事をないがしろにしてはいけないと常々言われていたからアクセルとブレーキをしっかりと使い分けながら、従業員の皆さんに会社も支えてもらいながらJC活動もできた感じかな!!

Q、やはりアクセルとブレーキは大事ですね。ついつい踏み間違えそうになる瞬間がありますよね、森先輩がご経験されたJC活動の中で仕事に活かされてると感じる事もありますか⁇

 会社を経営する上でJCの活動が良いきっかけになったのは事実よ。広報活動であったり、色んな人々との関わり方や出会いなどが本当に勉強になった。福岡ブロックの事業を通して、九州各地の色んなことを真剣に調べたからこそ九州の産物、一品を届けたいという想いに繋がっている。
経営と地域の活性化は連動していると思うんよ。

Q. ありがとうございます。福岡ブロックの事業の実行委員長をされている期間中は仕事にならなかったと仰いましたが、その時の経験が後々の仕事に活かされていたんですね。
森先輩は息子さんがJCに入られていらっしゃいました。どういう経緯だったのですか?

 息子が入ったのは、息子の高校の先輩からの誘いやね。
 仕事で何かを頼みに伺った際に、声かけてもらったみたいよ。

Q. 息子さんを福岡JCへ入れてよかったですか?
 
 そりゃぁ自分も福岡JCやっていたし、やっぱり入れてよかった!
  何よりも息子が、福岡JC活動を情熱的に一生懸命やってくれたのがすごく嬉しかった。
友達もたくさん出来たみたいやしね。

Q. JCに入っていない方へ何かメッセージはありますか?

 JCでもなんでもそうだけど、悪い所だけが伝わって、その偏った情報だけで判断してしまう人がいる。
その偏った情報だけでは決めずに、何事もまずは一度自分の目で実際に見るって事が大事やね。

Q. 現役の福岡JCメンバーへ何かメッセージはありますか?

 青年が夢を持って一生懸命頑張る姿が、人々を一番元気にさせることを忘れないで何事にも頑張ってほしい。
そういった意味では当時は熱血漢が多かったな!


Q. 福岡JCに入会しようかどうか迷っている人へお言葉を頂けますか?

 青年は勇気が大切。人への信頼であったり、人を信じぬく鍛錬にもなる場所だと思う。
 踏み込んでみることが大切かなと思う。
まずは福岡JCに踏み込んでほしい。

【あとがき】

今回のインタビューで創業者精神JCとしての精神両方を学ばせて頂いた気がします。
森先輩は、必死に仕事も福岡JCも取り組んで来られたからこそ、当時の情熱や想いが今でも強く心に残っていらっしゃるんだなと感じました。

福岡JC時代を、がむしゃらに全力で過ごした日々があったからこそ今の自分があるし、仲間との強い絆が出来るんだ。と教えて頂いたように思います。

森先輩 この度は本当にありがとうございました!!!

~【Focus!!③】株式会社如水庵 森先輩~

インタビュアー:JCI FUKUOKA発信委員会 委員長 原翼

ライター:JCI FUKUOKA発信委員会 広報幹事 舩越幹治

カメラマン:JCI FUKUOKA発信委員会 出向理事 三浦 隆佑

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